巣鴨村の鎮守社

4年振りの東京を巡礼参拝して東京家族とともにお墓参り。

東京の産土は巣鴨駒込雑司ヶ谷の神社6社。

大国主神社ー妙義神社ー染井稲荷神社ー天祖神社大鳥神社鬼子母神堂。

その後、早稲田、板橋蓮根に移って27歳の時に関西に転勤。

西宮北口、大阪緑橋、今の西区へと変遷。

関西に移る前に、板橋区役所前と川崎市登戸に1〜2年居たことがあり、引越は10回に渡ります。

現代の人は、平均的に10回くらい引越をしており、多い人でその2倍以上、少ない人で3回くらいな感じでしょうか。

江戸時代以前は、殆んどの日本人は1度も引越せずに同じ村で一生を過ごしたことを考えて見れば、この150年間、特にこの50年間の変化に眼を見張るほどです。

ですから、今や村の鎮守の氏神さまという概念自体がなくなっているほど、あちらこちらに移り住む現代日本であります。

引越さき全ての神社がその時期の産土氏神さまであり、今居る場所の氏神さまも今中の産土神とも言え、全ての各産土神が連携してサポート管轄しており、各神社の産土神々はさぞやお忙しい事であろうと推察しています(笑)。

これから伺う京都のご縁会社の本社事務所の場合も、まずはその産土神=地主神さまにご挨拶方々の御礼参拝をするのは、産土連携を通じて陰に陽に事がうまく行く事を兼ねるのであり、相手の会社の繁栄弥さかは、こちらにもつながる盥の原理発動の原初ともなる事は言うまでもありませぬ。

こうして私達の地上世界は目には見えぬ日本神界との相互連動により弥さかに開運されて行くものであります。

行けば行くほどその奥深さがひしひしと観じられてくる神社道の奥の細道であります。

合掌拝霊。

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