駅は見ている 北千住編

この気まぐれシリーズ第6弾は、実は大ターミナル駅北千住駅です。

 行った事が無い時は、大田区に或る千束が、ここ(本当は北千束)だと思ってました。

 古くからのターミナル駅で明治29年のクリスマスの開業です。3年後に東武伊勢崎線が開業し此処からターミナル駅の歴史が始まりました。今の終点はご存知浅草ですが、行った方はお分かりでしょうが、あの駅は急カーブと8両の列車がやっとこさ停まれる駅である為。実質此処が終点の様な感覚のある方もいらっしゃるかと思います。

 その証拠かどうかは分かりませんが、先の路線の0キロポストが有ります。

 その後に昭和37年に日比谷線(当時は人形町迄)が出来相互運転開始(現在は半蔵門線とも行い、寧ろ此方側が主流に)、更に先に出来ていた常磐線と昭和44年12月20日(東京駅と同じ日)に千代田線が開業し乗り換え駅となり、更にその2年後、この沿線の国鉄西日暮里駅が開業したと同時に、此処以遠から我孫子迄の各駅停車区間を此の線が担うという変な構造になりました。

 更にその10数年後、駅と駅前の改良工事が開始されました。出来る前は、国道四号線と駅迄の道はあったのですが駅前はごちゃごちゃとしていて、駅ビルは無く、バスターミナルの様なものさえもない有様でした。

 同時に乗客の増加と共に平成に入ってから、東武線の分離階層化、更にその10数年後ペデストリアンデッキが設置され、随分と大きな乗換駅らしさを増した感じが有ります。

 此の線は、高校時代以降に良く乗る様になるのですが、それは親戚が沿線に居るから(竹ノ塚)ではなく、同級生がこの沿線に居たからです。

 そこは大袋と言うのですが、昔の村の名前だそうです。そう言えば昭和の頃は、葛飾や小岩の周辺で居そうな頭をしたお婆さまが、乗客にチラホラとみかけて、此処は東京だけど、別世界だな。と言う印象を持っていました。

 それから更に1年後TXと呼ばれる、首都圏新都市鉄道が開業し5路線が此処に乗り入れる様になりました。地下二階から地上三階までの可成り立体的な構造になってますが、前述の通り、駅の周辺が整備されたため、乗り換えは雨に濡れずに行かれる様になっています。

 此処で問題になるのは、やはり「二重戸籍」問題です。何かというと、北千住―綾瀬間は、常磐線でもあり千代田線でもあります。此の区間のみであればJRの料金133円(現金は140円)ですが、北千住で降りるか、綾瀬で降りるかで料金が変わる場所が有るので、一旦改札を出るか出ないか。という選択を迫られるのです。

 ご存知の方もいらっしゃいますが、北千住は快速の駅、綾瀬は各駅停車の駅(それは千代田線しか停まらないという事を意味している)なので、格段に便利さが違います。お金の事を気にしない方は、先ず綾瀬で降りないかとと思います。消費税の8%への値上げは、こんな所に落とし穴ができました。