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?おまえはわたしの自慢の息子?

昨夜、久しぶりに母から電話をもらった。

母は、別段何ら変わりはなく、元気そうであった。

その電話のなかで母は、

「おまえはわたしの自慢の息子、決して片時もおまえのことを忘れたことはない。」

と、繰り返していた。

?おまえはわたしの自慢の息子?

という母の言葉を聞いて、少し驚いた。というのも、上の妹の結婚式で親類に母が

「うちの子は下のなるにつれて、しっかりしている」

と話していたことを聞いたことがある。その時母はわたしが近くにいるとは知らずについつい本音を言ったのだとわたしは思っていた。

?うちの子は下のなるにつれて、しっかりしている?とは、一番上のわたしは頼りないということを意味しているのだとその時は思った。その時、母はわたしの存在に気が付き、

「あら、あんたそんなところに居たの」

と、笑って誤魔化していたのを覚えている。

だから、母の?おまえはわたしの自慢の息子?という言葉には少し驚いたのである。

そうして母は少し泣き声になりながら、

「本当はおまえを手放したくはなかった」

とも言っていた。

母はわたしの?一人暮らし?には反対する思いもあったのであろう。母はわたしを障害のある身体に産んだことにある種の?責任?みたいなものをずっと持ち続けていた。

母はわたしが脳性麻痺という身体に障害を持つ身体で生まれてきた原因を、?わたしのお腹のなかが狭かったから?とわたしに話し続けてきた。

しかしわたしが自分が生まれた病院での自分が生まれた時のカルテを見せてもらった時に、わたしのカルテには赤ペンで?脳内出血あり?という記載があったのに対して、母のカルテには?正常分娩?と書かれていた。それを見た医師が

「あなたを取り出す時に何らかの医療事故があったのかもしれない。しかしもう関係者はこの世に二はいないから調べようもないが」

と話していたことをとても印象的に覚えている。

つまり母の?わたしのお腹のなかが狭かったから?ということが原因でわたしがこのような身体に生まれたのではなく、何らかの医療事故によってこうなった可能性もあるとその時に強く思った。そうしてそのことを母に話したが、母は、

「そんなことがあったの。はじめて聞いたわ。でもあなたが障害のある身体に生まれたことはわたしのお腹のなかが狭かったからなの」といい続けていたことを昨夜の電話を聞きながら思い出したりしていた。

わたしは母に、

「一人暮らしをはじめて半年になるが、その間にいかに自分が母や父、家族のみんなや周囲の人たちに守られてきたのかということを痛感して、感謝の思いでいっぱいになっている」

と話すと、母はまた、

「わたしは片時もおまえのことを忘れたことはない。本当はおまえを手放したくはなかった」という言葉を繰り返した。

母はわたしに対して思い深い?責任?を感じていることを改めて痛感した。だからこそ、わたしは?前向きに?生きていかなければならないのだということを痛感したのである。

わたしが母にとっての?自慢の息子?であり続けるためにも。