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久々のSNS日記26

間(ま)が空いたのは特に理由がある訳でなく、なんとなく日記を書くタイミングを逸してしまった、といふ日が続いただけだ。

そして此処のやうに、たれからも期待されてゐる訳でもない処を、ひっそりと退出してゆくのは、ぢつに簡単なのだ。

大半の人は此処で、「もぅいいや」と辞めてしまふのだが、どっこい梶山シュウは阿呆で性懲りもなくへそ曲がりなので、ここからまた書きはじめるのだ。

さて何を書こう、と思ふほど書く事もないのだが、書くのだ。

かういふ時、ニュウスや時事ネタから話題を引っ張ってくる人も多いが、そはナニか違う。

自分が如何に上手くやってゐるか、を自慢する話も書きたくないし、思ひ出ばかりに浸るのも面白くない。

年寄りから自慢話と昔話を取ったらエロ話しか残らない、といふのは、敬愛する高田純次の言葉だが、まさにその通り。

年を経て、生殖機能を失った「雄」は、生物学的には「不要」なのだ。

不要なのに長生きをするから、自慢話をしたり、戦争を起こしたり、クレーマーになったり、年金を心配したり、非常識になったりする。

すべての雄は、アンコウのやうに、雌に吸収されれば良いのだ。

母なる女体に埋もれ、自我とともに身体も崩れ、ぢんわりとその身体と一体になって行く恍惚を思ふとき、何故わたしはアンコウに生まれなかったのか?と悔やむ。

アンコウを讃えよ。