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素描(映画「ジョニーは戦場へ行った」)

人間とは何だろう。第一次世界大戦の戦闘で腕、脚を失い、顔の器官全てを失い、脳・脊髄・内臓だけとなった青年。意識はあり、今や触覚しかない事に徐々に気づいてゆく。恋人との一夜を度々回想。夢だって見る。だが、現在彼は人間性を否定され、軍部の生きた標本でしかない。大脳の一部も失くし、無意識の反射運動しかせぬ生命体と思われている。ある日師長が来た。ここは病院で彼は人間。窓を閉め切るなど不自然。光を入れなさい。顔の布も外された。日光が額に当る。これが彼の心の転機となった。昼と夜との温度差で一日の経過を感じとれるようになったのだ。ただ日付がわからない。ある日一人の看護師が彼の胸を指でなぞった。MERRY CHRISTMAS。神様。今日はクリスマス! 彼には毎日を過ごす楽しみも生まれた。僕は意思を伝えたい。顎でモールス信号を打つが、痙攣と見なされ鎮静剤を打たれる。将軍の視察。将校が顎の動きの秘密を知り、驚いて望みを聞く。人の役に立ちたい。僕を祭の見世物にしろ。だが彼は軍の機密。無理だ。なら人生に意味はない。人として死なせてくれ。お願いだ。その様子を見かねて看護師が生命維持装置を外した。が、見つか\xA4

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脚本家ドルトン・トランボ共産主義者である。赤狩り旋風の時代は地下に潜伏、偽名で執筆していた。「ローマの休日」も実は彼の原案・脚本と判明している。さる映画でも偽名で執筆、脚色賞を獲った。が、授賞式に誰も現れない。自由の国アメリカにも思想弾圧の時代があった。本作は原作脚本を兼ねた唯一の監督作。彼にはこの一作で十分だったのだろう。カンヌ映画祭審査員グランプリ