寺子屋こども論語塾に参加して

先週の土曜日の新田こども論語塾での講義に参加しましたが、私の中で論語と事業商売が繋がった価値ある内容でした。ご紹介させて頂きます。

論語塾での今回の章句は衛霊公第15と

衛霊公第15

陳ちんに在いまして糧を絶たつ。

春秋時代の陳国で孔子一行は軍隊に取り囲まれ食糧がなくなってしまっ

た。

従者病みて能よく興たつこと莫なし。

弟子達は病気になり立ち上がることもできなかった。

子路しろ慍み見まみえて曰く、君子も亦また窮きゅうすること有るか。

弟子の子路孔子に皮肉を込めて君子ほどの方でも困窮することがある

のですか?と問い詰めた。

君子固もとより窮す。

孔子は、君子も勿論困窮することはあると言った。

小人窮すれば斯ここに濫みだる。

そして小人は窮すればすぐに乱れる。君子はどんな状況でも取り乱さない。

と付け加えた。

衛霊公第15

子曰わく、賜しや、女なんじは予われを以もって多く学びて之を識しる者と為なすか。

子貢孔門十哲の一人で頭脳明晰な優秀な弟子よ、お前は私のことを、たくさん学んで色なことを知っている人間だと思うか?と聞く。

対こたえて曰く、然しかり、非ひなるか。

そうだと思いますが、違うのですか?と子貢が問う。

非ひなり。予われは一いつ以もって之を貫く。

孔子は言った。違う、私は一つのことを貫いているだけなのだ。

ここで新田先生は塾生に問題を出します。

この孔子先生が言った一のこととは何のことでしょう?

我がこども論語塾の塾生は優秀です。

中学生のさんが仁のことだと言いました。

孔子は、政治に仁の徳を取り入れることの大切さを生涯訴え続けました。

政治とは何も国政のことだけではありません。

地方の政治、そのほかあらゆる組織から家族に至るまで仁の徳を取り入れることの大切さを訴えています。

論語には仁という言葉が66回出てきますが、直接仁の意味について説明している箇所はそう多くありません。

五常の徳目の内、最高位の徳目である仁、これを実践するには孔子自身も難しいと思っていたと思います。また仁の意味を人生をかけて探究していたのかも知れません。論語学而第一にそのすべてが包含されています。であるからして仁を中心とする論語においても直接その意味を語ることはしなかった。また、ある真理を説明するには比喩的説明にならざるを得ないと私は思っています。

人間の行動には仁の徳が備わっていなければなりません。

仁とは簡単に言うと思いやりの心です。

これを事業商売に当てはめて考えた場合、顧客現場第一主義に当てはまるのではないかと推察します。

常に相手の気持ちになって考える習慣の出来ている人は市場のニーズを的確に捉える能力が自然と備わります。

現場、人とのコミュニケーションを大切にすることは商売において最も重要なポイントです。

逆に常に人を騙そうとして商売をやる人にはそのような能力は備わりません。

当然の論理です。

家族も政治もすべて思いやりのある人が成功者になると思いたい。